降誕節に寄せて

Par Origenius

11 janvier 2015

神様は創造したときに、その道具はなんだったでしょうか。言葉、です。「光あれ」、そしてその通りになりました。神様の心の中では、言葉と行いは一緒です。ギリシャ語やヘブライ語では、「言うこと」と「行い」は一緒の言葉です。キリストを迎え入れたら、新しくなるのです。キリストを通して、神様はすべてを創造しました。キリストは人間となりましたが、その前にはいなかったのではありません。父と子と聖霊は、終わりなく、過去なく、永遠にいらっしゃるのです。

救いの道具はなんでしょうか。日常生活の中で、どうやって救いを受けるのでしょうか。「みことば」がその道具です。ミサの中で司祭は「みなさん、これを取って食べなさい。これは私の体です」といいます。キリストの代理者としてその言葉を話します。司祭の口を使って、キリストが言葉を発しているのです。罪を許すとき、司祭は「許します」といいますが、それもキリストの言葉です。創ること、救うことも同じ言葉なのです。

クリスマスは主の洗礼まで続きます。12月17日から1月11日(主の洗礼)までクリスマスの飾り付けをしておくのです。待降節の飾りは4本のろうそくだけなのです。馬小屋などは12月17日から飾るのが正式です。少し早くても(待降節第3主日)いいですが、あまり早くないほうがいいです。まずは再臨の希望を強めるため、キリストの誕生を祝うために行うのですから。クリスマスの飾りはできるだけ主の洗礼まで飾っておくものです。教会の外の人から見ると、ちょっと不思議に思うでしょうけれど。

Où suis-je ? Et cum Spiritu tuoAinsi va la vie ! 降誕節に寄せて

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