待降節に待ち望むこと

Par Origenius

10 décembre 2014

待降節と言えば何を思い出しますか。何を待ち望みますか。典礼を見ると、待降節には4つの日曜日があります。第1〜第3の日曜は、全然キリストの降誕について話していません。最後の日曜日だけです。その第1〜第3の日曜は、何を待ち望んでいるのでしょう。重要な点を私たちはあまり気づいていません。それを理解するために、しっかりと主日の中での朗読を読まなければなりません。

信仰の重要な点について考えることになるのですが、普段はそれを忘れてしまうのです。待降節の第一主日には「永遠の国を受け継ぐことが出来ますように」と祈りが始まります。

第3奉献分には、「〜受難、復活、昇天を待ち望み〜再臨を待ち望み〜」という祈りがあります。

つまり、待降節には「キリストが救いをもたらすこと」を待ち望むのです。第4日曜日から、12月24日までは「キリストの誕生」の準備をするのです。

ペトロ(2)にはこのように書かれています。「主がくるという約束は、いったいどうなったのだ…」(3章4)

信者たちは、キリストはすぐに戻ってくる、と考えていました。でもなかなか戻ってこないという体験をしました。使徒たちはどうしてキリストは遅れてくるのか、と考えていました。ペトロは「キリストは、あなた方が回心できるように、キリストがかえってくるときに迎え入れることができるように、時間をあたえてくれている」と言いました。

私達も回心できるように待降節を過ごします。そして最後の一週間、キリストの誕生の為に準備するのです。典礼では待降節から王であるキリストまでが1年となっています。だから王であるキリスト祭日に向かうのです。それでキリストの再臨について話すのです。そして神様の御国から私たちのもとに生まれたキリストを祝う、素晴らしいことです。神様がご自分のこと、愛や神秘を示してくださっているのですから、私たちは何かを探しましょう、何かを見つけましょう。私達は神様を見つけたら、それは神様の力で見せていただいているのです。御子キリストを派遣してくださった神秘、神様がご自分を示してくださる、それがクリスマスです。本当に素晴らしいことです。私たちは迎え入れるだけです。

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