主の御降誕、おめでとうございます!

神様の希望…

Par Origenius

17 décembre 2010

神様の希望についてお話します。そうですね、神様も希望を持っておられます。私たちが永遠の命を受けて愛のうちに生きること。それが神様の希望です。

私たちは、私たちがまだ永遠の命を受けて愛のうちに生きていないことを認めざるを得ません。忍耐強い神様の希望は、今も無傷のまま残っています。私たちが皆、悪から解放されて永遠の命に与ることを神様は望まれます。ですから、神様はずっと以前より、ご自分を現して、救いの計画を用意してくださいました。

神様がおられることに気付いたアブラハムをはじめ、全ての預言者は、神様のみ言葉を預かり、神様の愛を民に示しました。この民は、少しずつ神様に心を向けて、少しずつ神様のみ旨を理解していきました。このように神様は、み心をあらわして、私たち人間の救いを用意してくださいました。これは、救いの歴史なのです。

神様は、いつまで救いの準備をなさるのでしょうか?あるいは、いつまで準備なさったのでしょうか?それは、私たち人間が神様の救いを受け入れることができた時、その時までです。

その時は、もう既に来たのでしょうか。それとも、まだ待つのでしょうか。

救いの歴史をよく理解しましょう。簡単に言えば、救いの準備が終わったならば、その時から救いは実現し始めているということになります。救いの歴史の中で、もう既に救いの準備は終わりました。キリストは神様の子、救い主、つまり、救いをもたらす方です。キリストが私たちの間に宿られた時から、神様の望みがすべて叶えられる時までは、救いが実現する時代なのです(最後の時と言われています)。

それをよく理解したら、少なくとも、次の二つのことが言えるでしょう。

神様は、救いの準備を終えているのですから、私たち人間は、もう既に神様の救いを受けることができます。もし私たちの間に神様の救いが見えないとしたら、それは、救いが私たちのうちにまだ来ていないわけではなく、私たちがこの救いを迎え入れていないということです。

私たちは少しへりくだり、イエス様の誕生日を祝うことを通して、神様の救いをもたらしてくださる救い主キリストを認めましょうか?クリスマスの光に照らされたら、それを神様の光だと認めましょうか?

神様の希望を叶えましょうか?

主の御降誕、おめでとうございます!!

Où suis-je ? Et cum Spiritu tuoAinsi va la vie ! 神様の希望…

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