堅信と言えば…

Par Origenius

3 septembre 2010

堅信について、どのように説明すれば良いでしょうか。

「 二人(ペトロとヨハネ)はサマリアに下って行き、聖霊を受けるようにとその人々のために祈った。人々は主イエスの名によって洗礼を受けていただけで、聖霊はまだだれの上にも降っていなかったからである。 ペトロとヨハネが人々の上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。」(使徒現行録8.15-17参照)

今年、函館地区で堅信式を行い、まだ堅信を受けていない信徒が堅信を受けるチャンスとなりました。

堅信について、どのように説明すれば良いでしょうか。実は、信徒たちにとっても説明しにくいことです。ある信徒は、自分が堅信を受けたかどうかさえ知らないのですから、そういう場合、堅信についての説明がなかなかできないのは当たり前と言えます。

堅信は、キリストの兄弟のために用意された、教会が持っている宝物です。その宝物をカトリックでは普通、秘跡と言います。『堅信』この漢字から意味を理解しようとするなら、堅く信じる恵み、または力です。そうですね、この宝物である堅信を受けると、洗礼を受けた時の、キリストの復活への信仰が新しくなり、強くなります。

聖書の言葉を思い出しましょう。

「 二人(ペトロとヨハネ)はサマリアに下って行き、聖霊を受けるようにとその人々のために祈った。人々は主イエスの名によって洗礼を受けていただけで、聖霊はまだだれの上にも降っていなかったからである。 ペトロとヨハネが人々の上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。」(使徒現行録8.15-17参照)

洗礼を受けた人は、その恵みによって、確かにキリストの死と復活の神秘に与りました。要するに、キリストと一緒に死に、キリストと結ばれて復活する恵みを受けたのです。そしてまた、堅信によって聖霊を受け、聖霊降臨の神秘に与ることになります。聖霊は信徒の内にキリストの復活を生かしてくださいます。

生活が変わらなくても、堅信を授かった信徒たちの生き方は、それ以前とは遥かに違います。聖霊がキリストの弟子たちの上に注がれた時から、彼らは弟子として使徒となりました。つまり、復活の恵みによって生きる人(弟子)として、キリストの復活を証する人(使徒)となりました。外から見てわかる、彼らの生き方の変化とは何だったでしょうか。

① キリストと同じ様にユダヤ人によって殺される恐れがありながらも、ユダヤ人が怖くなくなり、外に出て、公にキリストの復活を告げ始めました。聖霊の働きによって、復活への希望が強くなり、勇気を持って外に出る事ができました。
② 彼らは、自らの弱さを深く感じて認めています。ですから、その証する力は神様からいただいた恵みなのです。それこそ、聖霊だと彼らは悟りました。
③ 宣べ伝えた言葉にも、行われた活動にも驚き、彼らの手と口を通してキリストが行動してくださるという事も深く理解しました。

堅信の恵みで生きている信徒は、このように不思議な経験をします。

① 生活をする中で、どんな問題が起きても、どんな試練を受けても、解決を見出してそれを超える希望は強いのです。これが聖霊の働きです。
② 自らの弱さを感じ、たとえまた生活の中で罪を犯しても、キリストがこれに打ち勝ったことを知っていますから、絶望に陥らず安心します。それも聖霊の働きによる態度です。
③ キリストに救われた事によって、天国の幸せを味わい、その喜びや平和を、日常会話の中で伝える事になります。あるいは、自らを忘れて隣人に仕える事になります。それこそ、聖霊の働きによる証です。

堅信の恵みを受けた信徒の、日常生活における生き方の変化は、このようなものではないでしょうか。

さらに時々、堅信の恵みを受け、生き方だけではなく、生活そのものも遥かに新しくなる信徒がいます。キリストの特別な呼び掛けに応えて、自らを神様に捧げる信徒です。それも証です。聖霊による証です。それこそ、堅信の恵みによってできる証です。

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