聖霊降臨のイコン

キリストの復活を証しするのは?

Par Origenius

29 mai 2009

キリストを証しする人は、何を証しするのでしょうか。

復活の恵みを受け入れた人は、その恵みを伝える事で、キリストの復活を証しします。

今年も、復活の主日の徹夜祭でキリストの復活を記念して、ごミサの中でみ言葉を聞きながら、神様の救いの計画を思い出し、キリストを通して神様がこの救いを実現なさったことを感謝しました。その時から聖霊降臨の主日まで続く復活節の間、復活の恵みが、私たちの生活の中でどのように働いているか思いを巡らすように招かれています。なぜなら、キリスト教に属している人々は、キリストの復活を信じて、もう既にその復活の恵みによって生きている者ですから。

聖霊降臨のイコン

『聖霊を受けなさい。誰の罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される』

キリストの復活の印は、私たちの生活の中に、どのような形で現れているでしょうか。ヨハネの福音の箇所を思い出しましょう。

「弟子たちは、ユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。」 [1]

イエスと同じように、ユダヤ人に殺される恐れがあるため、弟子たちはユダヤ人が怖かったのです。殺されて死ぬことが怖く、外に出て人前に姿を現わすことが出来ませんでした。ですから、復活されたイエス様は彼らに会い「あなたがたに平和があるように」と伝えたのです。この平和は、彼らの恐怖の癒し、恐怖を超える力でした。弟子たちは、この平和を通し、復活の恵みによって生き始めました。平和と言っても、ユダヤ人に殺される恐れがなくなったわけではないのです。これは、復活の恵みを受け、永遠に生きる希望によって、恐怖を超えた平和です。

次にイエスは

「彼らに息を吹きかけて、『聖霊を受けなさい。誰の罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される』」 [2]

と言われました。罪を赦すことも、復活の恵みによって生きている印です。なぜなら、キリストを殺した人をはじめ、人々を赦すように招かれていた弟子たちは、聖霊によって神様の心を悟ったのですから。私たち人間は、復活の恵みによって自分の犯した罪を赦され、救われるのです。

簡単に言えば、復活の恵みによって生きている人々は、復活されたキリストからこの平和をいただき、自分の罪の赦しを受けて、もう既に救われた者です。

それでは、復活されたキリストを証しするには、どうしたらいいのでしょうか。また、証しする責任を担っているのは、司祭のような専門家たちだけでしょうか。それ以外の人々には、できないことなのでしょうか。証しするとは、一体どういうことなのでしょう。たとえばそれは、イエス様の物語や、キリストの優しさについて話すことでしょうか。

違いますね。

聖霊の働きによって、私たちがいただいた平和を渡すこと、いただいた赦しを伝えることが、キリストの復活を証しすることではないでしょうか。宗教の専門家だけではなく、キリストを愛する全ての人に、このような証しをする責任があります。

聖フランシスコの祈りを思い出しましょう。

主よ、わたしを もたらすものとしてください・・・罪のあるところに赦しを、憎しみのあるところに愛を、悲しみのあるところには喜びを。

これこそ、キリストの復活を証しすること・・・

Notez bien

[1ヨハネ20,19

[2ヨハネ20,22

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