Welcome to...

Par Origenius

22 février 2007

私たちが天国に入った時、迎えてくださる神様は、何を言ってくださるのでしょうか。「ようこそ」でしょうか?「お帰り」でしょうか?

とにかく、四旬節に入り、神様の幸せに与るように心を準備しましょうか。

毎年繰り返されているように今年も、私たちは、復活祭までの道を歩むように招かれています。キリストの復活の恵みを深く受け入れるように、自分の心を準備するために、この道を歩みます。ここに言う、改心するまでの道、復活祭までの道とは、四旬節のことです。

四旬節、つまり、灰の水曜日から聖週間までの40日間というのは、人間の一生を象徴的に表しています。これは、命の源である神様から離れ、自分勝手に生きている人間が、神様に向かい、ひれ伏して改心するまで 〜 つまり、神様とともに生きるようになるまでの道です。私たちは、四旬節で毎年繰り返し、自分の心を改め、復活されたキリストの恵みによって生きるように招かれてます。

改心の目的を忘れないようにしましょう。

それは、神様と共に生きることです。神様の幸せは、神様が私たちのものとなって、私たちがこの幸いの内に生きることです。洗礼者ヨハネは「神の国は近づいた」と、ご自分から来てくださったイエスを人々に指し示してくれました。

私たちは信仰によって、天国に入るように頑張ります。天国に入るのは、私たちの望みですから。神様の望みも同じで、それは、私たちが神様の永遠の幸せの内に生きることです。でも、よく考えれば、私たちはいつこの天国に入れるのでしょうか。死んでからでしょうか。実は、そうではないのです。憐れみ深い神様が、もう既に恵みを通して、私たちに永遠の幸せを注いでくださっています。神様が私たちにしてほしいのは、これを受け入れること、それだけです。四旬節に入った私たちに、精神的な目的があるでしょうか。努力によって愛し合い、隣人に仕えるように頑張るのも正しいことですが、そこに愛がなければ役には立ちません。私たちは、改心して神様の恵みを受け入れ、神様の力に強められてから愛し合い、隣人に仕えるようになって行くことができます。それは、もう既に天国の恵みによって生きるていることではないでしょうか。

私の経験をひとつお話しします。私が初めて日本に降り立ったところは、成田空港でした。空港に到着した外国人を迎えるため、案内表示に書いてあるのは「Welcome to Japan」と言う表現でした。そこには、日本人を迎えるために書かれた日本語もあったのですが、この時はその意味が分かりませんでした。私はまだ、この国に属していませんでしたし、言葉もあまり分かりませんでしたから。数年後、同じ場所に立ち、同じ日本語を見たとき、その意味が分かり驚きました。「日本へようこそ!」ではなかったのです。「お帰りなさい!」と書かれていたのです。日本の空港で、日本に属している人々を迎える言葉としては、「ようこそ」ではなく「お帰り」の方が、もちろん正しいと思います。

では、私たちが天国に入る時、神様は私たちに「ようこそいらっしゃいました!」それとも「お帰り!」そのどちらを言ってくださるのでしょうか。私たちが、既に近づいた天国の恵みによって生きているなら、私たちは既に天国に属しているのですから、そこに入る時には神様が必ず「お帰り!」と言ってくださいます。もしそうでないとしても、神様は慈しみ深い方ですから「ようこそいらっしゃいました。」と優しい声で言ってくださるでしょう。もう既に天国に属している。これは、深い幸せではないでしょうか。私たちは皆、改心して神様の恵みを受け入れるように祈りたいと思います。それは、私たちのための四旬節の祈りです。

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