復活のイコン

イエスは、復活された!

Par Origenius

19 mars 2006

心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛するように招かれています。

「イエス・キリストは、復活された。」キリスト教において、信じることはいくつもありますが、それらを突き詰めた時にひとつ残るのは、イエス・キリストの復活です。

復活のイコン

神様の愛が、私たち人間の救いの起源であるならば、イエス・キリストの復活は、愛の実践です。神様に心を向けて復活祭を祝うことで、私たちはまず、神様の愛によって救われたことを感謝します。キリストの復活は、私たちの喜びの源、私たちの幸せの泉なのです。イエス・キリストが、ご自分の命を私たちの手に委ねてくださったことで、どんなに私たちを愛してくださったのかを理解するはずです。

私たちは、カトリック湯川教会の共同体として、キリストと共に、復活された人々の家族に属しています。救い主イエス・キリストの兄弟となって、喜びに満たされます。私たち人間に、救われる値打ちはありませんが、神様に愛されること、神様の憐れみによって救われたのです。私たちは、この神秘を復活祭で祝って、感謝するように招かれています。

私たちは、神様の愛をいただいて感謝し、神様の愛を互いに渡し合い、互いに赦し合うように招かれます。聖パウロが言ったように、「私たちは、洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかる者となりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から、復活させられたように、私たちも新しい命に生きるためなのです。」[ローマ6・4]実は、私たちが、互いに愛し合い、互いに赦し合えるのは、イエス・キリストの復活の恵みが実現される印です。印だけではなくて、復活が実現されることそのものなのです。互いに赦し合うことでキリストと結ばれ、私たちがもう既に永遠の幸せの内に生きていることを、悟ったことがないでしょうか。信仰生活の中で、赦し合うことが出来るのは、平和と幸せをもたらすことです。共同体に属している私たちは、互いに赦し合うことを通して、まず、私たちの一致を実践し、そして、愛してくださる神様の愛の「生き証人」となるのです。「父よ、全ての人を一つにしてください。そうすれば、世は、あなたが、私をお遣わしになったことを、信じるようになります。」とイエス様は、神様に向かって祈りました。[ヨハネ17・21]

つまり私たちは「生き証人」として、神様の不思議な業を、つまり、神様の愛の福音を述べ伝える責任を持っています。救い主である神様に恵みをいただいている私たちは、「心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛するように招かれています。」[マルコ12・33] 私たちが、いただいた才能を生かして神様に仕えるのは、そんなに難しいことでしょうか。

私たちの生きている共同体が成長するために、色々な方法を探しています。私たちにとって、その最初の方法とは、神様と和解させていただくこと、その赦しの恵みによって互いに赦し合うこと、そして、救われた生き証人として、いただいた才能を伸ばし、神様の愛を証明することです。

Où suis-je ? Et cum Spiritu tuoAinsi va la vie ! イエスは、復活された!

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