心とからだで「みことば」を聴こう!

Par Origenius

19 avril 2016

創世記には、人間は神の子として造られたと書かれています。神様がキリストの来る前に霊によってご自分を表したのです。神様は人間の言葉でご自分を説明されました。

私もつたない日本語ですが、神様の心を表すために、みことばを伝えています。聖書の最初から今までにいたるまで長い歴史があります。信仰の歴史の中で、私達はいつキリストに倣って柔和になりましたか?洗礼を受けてまだ道は終わっていないのですから、キリストは私たちの弱さと欠点を背負って一緒に歩いて下さるのです。

今年はいつくしみの年です。キリストと一緒に歩いているのにいつくしみ深いですか?いいえまだです。あわれみ深いですか?いいえまだです。今、頂いた恵みを受けて大切にしてキリストと一緒に歩いたらどうでしょう。神様にかたどってアダムとイブは造られました。その子孫の私たちは兄弟、姉妹となるように招かれています。兄弟、姉妹でなければ神様に似ていないということです。

ミサの中で福音を聴くとき、額に十字を切るのは、御父を表し、みことばを聴いて心と頭で理解するため、口に十字を切るのは新しくみことばを伝えること、胸に十字を切るのは、心で神様を受け入れるためです。神様はゆるし合いなさい。ゆるしたときは神様のみことばです。ゆるしたくない時、神様のみことばではないです。

私達はうぬぼれていますが、忍耐するのは神様です。恵みを使ってゆるし合う事が出来ます。口でアーメンと答えたら、神様に「ハイそうです、その通り。」ということです。人は肉を食べて体を養われるように、みことばも受けなければ養われないのです。

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